医師転職・医師求人

プレスリリース | よくある質問と答え | お問合せ | サイトマップ


よもやま話 

2008年03月04日

一昨年、世の中にその名を知らしめた、『騒音おばさん』の事件は、知らない方も少ないだろう。 そんな非常識な人が自分の身の回りにいたら・・・どんなに不安な日々を過ごすのだろう、そう感じていた人も少なくない事だろう。 
わたしの自宅の周りは、自然に囲まれた閑静な住宅街で、こんな良い環境に住めて本当に良かったと、昨年の夏までは感じていたのだ。 季節はもう秋を告げる頃までは確かにそうだった。
その頃から夜中によくドーン・ドン・ドン・・・と騒がしいところがあるなと、感じてはいたが、さして気にも留めずにいた。 隣接の家の人たちから、夜中に後ろ隣の家から、毎夜ドンドンと壁を叩くような不気味な音がするのだが、聞こえないだろうかと聞かれてからは、音の出所、どんな類の音か意識するようになった。 とにかく夕飯時から、辺りが寝静まるまでの深夜まで、時折聞こえていた。 その程度なら、迷惑だ、嫌だ・・・と感じつつも、我慢できなかったわけではない。 
どうやら、その音は二つ隣の家に対して始まった、警告だったらしい。 ある日その家人が、後ろ隣の家人から、『椅子の引きずり音がする、うるさいので、静かにして欲しいのだが、前からいい続けているのに直してくれないじゃないか、旦那にも電話して伝えてうるさくしないで欲しい』、
とベランダ越しに苦情を言われ、旦那さんが夜帰宅後に謝り行ったそうだ。 しかし、その後ろ隣の家人は納得出来なかった様で、日毎にその音と、何か叫んでいるような声とがこの近所中に聞こえるようになっていった。
とにかく遅くまで物音がするとうるさく叩かれるから、早く寝るように気をつける。 夕方からは大きな声を出さないようにする。 何度も椅子の音が気に障ると言うのだから、ダイニングテーブルを使わない。 椅子に防音シートを貼る。 音がひどく聞こえるなら、その隣接する部屋では寝ないように・・・などなど、隣接する4〜5軒でそう打ち合わせて様子を伺っていくことにした。 しかし、元々ご近所は静かで、気になる程の音なんて出てなかったので、ここまで気を使っても、そう簡単に警告音は収まらなかった。

ある晩、すっかり眠っていた時間に突然男の怒号で目覚めた、誰かに呼びかけている。 凄みをきかせ大声を出しているのは後ろ隣の家人だった。 最初に言いがかりを付けられた家人の名を呼んでいた。 堪ったものじゃない。 夜中の2時だ。 しかも言い争いになっていた。 聞きたくなくても聞こえてくる。 この前の謝り方が気に入らないし、その後もずっと、椅子の引き音が聞こえてくるし、堪らない、というのだ。 何度も言うが、夜中の2時にだ。 そのうち、その周りの家が揃って警察に連絡し、その後ろ隣の家人も大声で、弱っているから何とかしに来て欲しい、そう警察に電話していた。 やっと小一時間して警察が駆けつけ話し合いをしてくれたらしく、静かになった。 
勿論、自治会の顔の聞きそうな役員さんらに、どんな人間か、貸家の主に相談して貰えないかと、訴えかけて聞いて貰った。 実情を説明してもらったにも関わらず、貸家の主からの返答は、うるさくしていたのは周りのほうだ、と聞いた、とそれだけだった。 

そう、それだけだったら、よかったのにそうそう簡単には収まらなかった。 
相変わらず叩く音や何か叫んではいたが、叩くからといって連行や逮捕してもらえないのは解っていたが、警察側も多忙な中、重点的にパトロールしてくださったり、何か為になるかもしれないから、記録を付けるようにとアドバイスくださったり、と親身に相談に乗ってくれるだけのことだった。 淡々と記録を付ける日々が続いていた。
次第に、一軒目の家から、その隣の家にターゲットが変更された。 
その頃からは、騒ぎ方もエスカレートして、大きな音をたてて、窓を力任せに開けひろげ、怒号が聞こえるようになった。 毎晩である。 夜中に2〜3回は聞こえる日もある。 
次に私の家、そのうち、大きな社宅の団地にターゲットは移っていった。 大体は皆が寝静まった1時過ぎ頃だ。 もしかして今晩も、と思わず考える。 寝付かれないでいると、その通りに夜中の1時過ぎ、怒号が飛べば誰でも本当に萎えてしまう。 ビクビクして過ごす日々。 とくに夜は嫌な気持ちになる。 哀しくなったり、イライラしたり、なんでこんな所に住んでいるのかと、後悔してしまった。
決定的だったのは、大きな社宅には夜中に洗濯をする方が多く、その音がうるさいと叫んでいた時だ。 時々警察もパトロールしてくれていたのだが、辛抱ならんと、一斉に連絡して来てもらった。 いつもと異なりその日は警察が到着するまで叫んでいた。 現状を抑えられ、説得され、話を聞いたら収まった。 
その後ずっとしばらく音も叫び声も出さなくなったので、息を潜めて何かをまた企んでいるのか、と恐る恐る過ごしていたのだが、自治会から吉報が届いた。
貸主が退去させましたから、というものだった。 みな一様に大きな声で喜んだ。 追い出したのではない、追い出されたのだ。 何処からか苦情が行き家主も観念したという事か、それとも借主が何かやらかしたか、想像した。 もうどうでもいい。 生活環境が悪いと人間は本当に萎えてしまう。 未だにドンと音がしたら、身体がビクっとしてしまう。

騒音おばさんのときのように、こうなったのはどんな人間だろうとか、色々憶測はしていたが、当事者しかわからない事が多いのだ。 我慢し続けていた時の気持ちが甦ってくる。 でも、生活をしている以上、自分では意識していないままに音を出しているだろう。 それが我慢していたら、あのようなかたちで気持ちが溢れて、現れてしまったのだろうかと。 
迷惑だからこうしてやる、迷惑掛けてないのに困らせられている、とお互いの思いやる気持ちがないまま、こんな事になってしまう。 それとも、自己中心的、病的。 といえば言いすぎだろうか。 
世知辛い世の中になった、やるせないものを感じた、今日この頃の事件だった。


 

| 個人情報保護方針 | ご利用にあたって | 推奨環境 | 会社案内 | 広告掲載について | リンクについて |