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医師転職サイトドクターズアヴェニューHOME > エッセイ > 夏の庭
2008年02月01日
暑さにむずかる赤ん坊の声で目が覚め、となりの布団を見るともう片付いていた。
立ち上がる気にならず、風にそよぐ電灯のくたびれた紐を眺める。
赤ん坊はむずかるだけで声を挙げて泣こうとしない。父に、お前にうってつけの子だと言われた。まだ若いおまえに。
大義そうに起き上がってベッドを覗き込むと、幼いなりに暑さを厭うて身をよじる梢子が鼻を鳴らしていた。赤ん坊は、堅固な主張にも思える泣き声で状況を拒絶するのに、この子は何かを気遣うように泣こうとしない。ときどき、何かに困ったような、途方に暮れた泣き声をたてる。大人が、思わず目を見合わせる弱々しさで泣く。そっと手を延ばして抱き上げ、扇風機の風を控えめに当てると、それで気が済んだように眠り始めた。梢子をあやすように身を右に、左に、静かに揺らすと、この子が何かに気付いているような気がしてくる。父が、梢子を不憫がるのはそのせいかも知れない。
階下に降りて、汗ばむ梢子の肌着を取り替えていると、庭で夫が土を掘っている音がする。朝早く川釣りに出かけると川沿いの雑木林に、持ち主が剪定した杉の枝が落ちているという。それを拾ってきて炭を作るのだ。結婚する前に、歳をとったら炭師になりたいと言うのを笑って聞いていた。それが何か知らなかった。
買い物で、華やかな化粧品売り場に思いがけなく小さな袋に入った備長炭を見かけたことがある。この塊を作った人が、背中を向けて黒い物質になっている姿が瞼に浮かんで立ちすくんだ。
夫は、何度もそこで木を焼いた穴に、大きさも長さもまちまちな枝を並べている。こんなに暑いのに焼くの?声をかけても何も言わずに並べる。
杉の枝と一緒に雑木林から拾ってきた枯れ葉や草を大量にかぶせ、ところどころ焦げたトタン板をその上に更にかぶせる。隙間ができないよう、念いりに葉っぱやトタン板のかかり具合を調べ、さっき空けた穴の土を、これも大量に載せる。
土が充分にかぶさったら、ここでも無駄な隙間がないか調べ、小さく開けた口から中の枯れ葉に火を点ける。あとは、火を弱めないよう団扇で煽いで、燃え尽きるのを待つだけだ。
土窯に聞き耳をたてるように、何時間も団扇を使う、夫の背中に近づく。火がゴオっという音をたてて燃えている。梢子は堪えているのに、木が無遠慮な声を立てるものだ。小さな火口から覗くオレンジの炎が厚かましく感じる。
日が暮れて、ぼやけた夫の顔に火が映えて赤い。これが出来たら親父さんに持っていこうと思う、と土窯に呟いている。父は、取らないだろう。
空調の利いた奥の部屋に梢子を寝かせ、夜更け前にもう一度、夫自身が炭になったように黒い、庭へ降りた。黒い塊のような彼の背中越しにオレンジの火をみつめる。
二人とも、ただ火を見つめている。