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わが身世にふる

2008年07月28日

 酒が恋人と言われて言い返せなくなった。一人で呑む時は嘘だらけの歌を唄い、思い出し笑いし、思い出し泣きしながら呑む、だらしなく野放図に酔って、そうであって欲しい場所に全てを流そうとする、率直に返す、私にはそれを受け取る強さはないと言明するように。みっともなさは人類共通で、要人も一夜暮らしも同じ姿で吠える。体から臭気立つような怒りも欲情も弱さも大笑いも吐き気も、千鳥足で追いかける自尊心を待たない。この醜さを嫌う、どこまでも素面の人間に生まれたかったと思う。
 呑んでつらつら思いだすのは大抵どうでもいいことで、その場の記憶は綺麗に無い。一緒に飲んでる相手の顔にだんだん腹が立ったり笑えたりするのも、どうでもいい恨みごとを思い出すか昼間の鬱憤がたまたま蘇ったかどちらかだ。百薬の長らしいが、健康の為ならわざわざ苦い薬を飲むだろう。あれは麻痺するため、死に近づくために呑むものだ。神に物を問うため、巫女には妙薬が必要だった。

 朝、会社や学校へ向かう人の急ぐ足は揃って地面を軽く蹴るが、たまに昨夜の酩酊の名残が思いがけない場所に残されている。人の醜さがそのまま日の光を浴びているようで、子供の時にはただ気分が悪かったが、自分が成人してみると無事に家に帰れたのか案じてしまう。駅やバス停のベンチに寝込んでいる人は、夜中に見ても珍しくないが、朝方駅のホームに倒れている人はあまりいない。仕事のことを考えて気分重く出勤していると、青い絵の具を塗ったような顔色の初老の男性が、駅のホームに大の字になって眠っていた。
 家を持たず、手提げ袋二つに家財道具一式を詰め込んでその日その日に寝場所を決める男の人のようだった。安い焼酎の臭いが残っていた。手元にコップを持っている。気持ちよく眠っている様子だったが場所と顔色が普通ではない。立ち竦んでいると、既に呼ばれていたらしい救急隊が駆け寄って呼吸の確認をし、心臓マッサージを始めた。機嫌良く眠っている様子の人の上に、せわしない上下運動がひどく不釣り合いに思えた。いつも通りの時間に電車が動きだし、安否が確認出来る間もなく駅が過ぎていった。
 彼は病院へ行くのだろうかと思った。自分は、どこに行くのだろうと思った。目をくらませるには、やはりお酒が必要なようだ。


 

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