プレスリリース | よくある質問と答え | お問合せ | サイトマップ
医師転職サイトドクターズアヴェニューHOME > エッセイ > 今がある意味 第十四章 生と死と
2007年03月01日
何度も何度も終わりだと思いながらも今日まで生きてきた。生かされてきたのかもしれない。
なつみが今まで来れたのは、たぶん息子たちがいてくれたから。
辛い不妊治療を続け、諦めかけたときに奇跡のように授かった長男。流産そして早産の危機をなんとか逃れ、月満ちて無事にこの世に迎えることが出来た。水さえ受け付けぬ、かずえ譲りのつわりの酷さに、何度も堕胎を考えた。今ならまだ・・・
けれどなつみは耐えた。夫の子ではなく、自分の子どもを心から望んでいたからである。
丸二日間の陣痛に耐え、なつみは男の子を出産した。産む寸前まで続いた悪阻も産声を聞いた途端収まり、何も無かったかのような平穏な時間がなつみを包む。
点滴ばかりで育ったはずの子は、信じられないほど丸々としており、乳もよく飲んだ。
たっぷりと飲んでは吐き、お腹を空かせて泣く。からっぽになった乳を、それでも欲しがる我が子を抱いて、なつみは一緒に泣いていた。そうやって誰もが子どもを育てていくのだろうと、今は言葉にできるけれど、当時のなつみにはそんな余裕はなかった。
我が子が泣くのをただ見ていることしかできない辛さ。
子どもが夜泣きをし始めると夫はため息をつき、そして文句を言うのだった。その頃からなつみは特に夫を遠ざけるようになった。子どもが笑っているときだけ、ほんの少し関わってくる夫が嫌でたまらない。周りは「だんだんと父親になってくるから」と言ったが、そのかけらは微塵も無かった。
もういい、腕の中にいるこの子は私の子ども、私が死ぬ思いで産んだ分身だとなつみは思うことに決めた。ここでこうして元気に泣き声を上げ、笑ってくれている、ただそれだけが生きる力だった。
長男が生まれたとき、なつみは広島の徳男に会いに行った。徳男の新しい連れ合いの冴子もその頃にはやや落ち着きをもち、気持ちよくなつみたちを受け入れる振りが出来るようになっていた。徳男と冴子の間に出来ていた子どもは直子という女の子で、ちょうど本田とかずえの間に生まれた圭一と同い年であった。徳男の家にはなつみを可愛がった祖父と、徳男たち一家に加えなつみ一家が、何事も無かったかのようにまるで実家にでも帰ったような賑わいがあった。
徳男は長男を愛しげに抱き上げ、優しいまなざしを注いでいた。いつもは夕方になれば人見知りをし、かずえでさえも泣き止まない長男が安心しきった表情で居るのを見て、血のつながりをしっかりと感じていた。
直子は一人っ子であった。祖父や周りの人たちの話に寄れば、徳男は冴子を連れ立って歩くことも無く、生まれた直子もほとんど抱いたことがないと言う。昔から徳男を見ている冴子は、かずえやなつみと同様に自分達に接しない徳男に苛立ちを覚えていた。元来気のきつい冴子の性分は決して徳男に合うはずもなく、徳男はよその女に手を出した。車の助手席に女を乗せていたと言う噂を聞けば、徳男が帰って来るなり助手席のシートに敷いてあった座布団を目の前で投げ捨てるような、そんな女だった。冴子は冴子で、寂しかったのかもしれない。
徳男は直子の次に子は作らなかった。それを知ったかずえは、自分が一人ぼっちで辛かったので、将来助け合えるようにできればなつみと関わりを持たせるよう徳男に話した。
冴子が納得したかどうかは知らないが、電話でのやり取りも時々し、一度直子は大阪のなつみの家に来たことがあった。その時は圭一とも顔を合わせている。もちろん加藤は複雑な思いだったに違いないが、それでも気持ちよく迎え入れた。これから先起こるドロドロとした事件は予測もつかないときである。
かずえはなつみの妊娠を知った時「必ずもう一人生むこと」を条件に出産を了解した。それだけでなく、本来子どもを儲けることは無理だと医師から言われていたなつみの身体を案じていたが、子どもが生きる力となることはかずえ自身が一番よくわかっていた。
なつみ自身も加藤とかずえの結婚によって四人姉弟として暮らしてきたから、ひとりでは寂しかろうと計画妊娠をし、二人目も男の子を授かることが出来た。一人目とは少し違い、妊娠期間もやや穏かに過ごすことが出来、この子もまたきちんと十月十日をなつみの胎内で育った。春に生まれた二男と長男を連れて、久しぶりに家族らしく海遊館に行った日のことだ。玄関を開けると2階のリビングで電話のベルが鳴っている。二男を抱いているなつみは急ぐことが出来ず、電話に間に合わなかった。ナンバーディスプレイなど無い時代だったので、何処からかかってきたものかわからない。用事があればまたかかってくるだろうとは思ったが、一応実家のかずえに電話をしてみる。実は二男を身ごもる前に、加藤の事業は破綻をし、夜逃げ同然に名古屋に身を移していた。きちんと破産管財人を立て、債権者との折り合いもつけたが、大阪で生きていくには辛すぎたのだ。なつみは幼い長男を連れて、時々名古屋まで新幹線で往復をした。行くときはよいが、帰りは別れが辛い。それでもそういう生き方を、みんなで考え、選んだのだった。
かずえは電話をしていないという。その頃広島で直子が結婚をし、なつみが祝いを贈ったのでおそらくその礼の電話ではないかとかずえが言うので、そうかもしれないと思いつつ、それでも何か引っかかるものがあった。
それから少ししてお盆の時期の前に、なつみは子ども達を連れて名古屋のかずえのところに行った。いつものように過ごし、いつものようにかずえが車を走らせて大阪の家まで送る。ところが帰りの車中でかずえの様子が少しおかしい。何か気が重いという。なつみの家に着くといつもなら上がってひとしきり話し、しばらくたってから帰路に着くはずが、その日ばかりは車から降りようとしないのだ。さっさと荷物を下ろすと5分もしないうちに帰ってしまった。
一体どうしたんだろうか、どこか具合でも悪いのか・・・
かずえを見送りなつみが荷物を2階に上げ、子ども達を下ろしたときである。電話が鳴り響いた。聞こえてきたのは広島の直子の声だった。
「お父ちゃんが、死んだ」
町外れにある葬儀場の納屋で、首を吊っていたらしかった。前から家に帰って来ないだの、借金をしているようだなどと、冴子からも聞かされていたが、はっきりとした原因はわからない。ただ自ら命を絶ったという事実だけだった。直子は警察から電話をかけてきているらしく、なつみは一旦電話を切った。かずえに知らせようにも少なくともあと1時間半は家に着くまい。なつみはただうろたえて、誰に何を話せばよいのかが解らなかった。もしかしたらあのときの、出られなかった電話は徳男ではなかったか!もしもあの時声を聞かせてやることが出来たなら、徳男は思い留まってくれたのではないか!そんなことが頭の中をめぐっていた。名古屋に向けて掛け続けた電話にようやくかずえが出たとき、かずえが言った。「あんたの家に入ったら、帰れなくなるような気がして、大阪に向かっているときから身体が重かった」
かずえには少しそういったある種霊感のようなものがあった。かずえの養父が亡くなる寸前にも、養父が養母を連れかずえの夢枕に立ったことがあった。それは紛れもなく夢ではない、はっきりと覚醒した状況での出来事で、養父が自分達の侘びをいれ、養母のことを頼むと頭を下げた。次の日の朝、広島から養父の死が知らされた。その他にも色々なことがあったが、今回のことはかずえにも大きな苦しみを残した。
ふたりにはどうすることも出来なかった。なつみは冴子に人目もあろうから葬儀には出ないことを告げた。本来なら来てやってくれというはずが、冴子は冷ややかに「そうしてぇ」と言った。
なつみはしばらくの間心を病んだ。いつもいつも電話のベルが鳴っている。一人になればどこか近くに徳男が居るようで、なぜか怖くて仕方が無かった。なつみはぼんやりしては泣いていた。時々名古屋に電話をかけてはまた泣いている。見かねたかずえがとうとうなつみと子どもたちを連れに大阪に来た。
しっかりするようにと、かずえはなつみをきつく叱ったが、どうすればしっかりと出来るのか、なつみには解らなかった。
名古屋のかずえの住まいの近くに、それを生業とするのではないが霊感のある女性がいた。
かずえはなつみをその女性のところに連れて行き、話をさせた。以前なつみが長男を連れて行ったとき、徳男が長男を抱いた二人の写真、みんなで撮った写真を渡した。話をするうちにやがて徳男がその女性の中に入ってきた。首にはみるみる縄の痕が浮き出て、苦しそうに話し始める。家を出てからの足取りがわかる。借金の払いにと実印を取りに家に戻ると、電気もガスも止めて冴子が直子の家に移っており、真っ暗な中をライターを灯しながら探し、そして親指にやけどを負ったこと。もうダメだと思い最後に声を聴きたくてなつみに電話をかけたこと、かずえの家にもかけていたこと。心を決めたが勇気が出ず、飲めない酒を飲んで斎場に向かったこと。
やはりあの日の、出ることのできなかった電話は徳男であった。
西条の知り合いが聞き込んでくれた結果、酒に酔った徳男を引きかけた車があったことがわかる。命さえあればなんとでもしてやったのにとかずえも泣いた。けれど自ら選んだ死は、この先永遠に徳男を苦しめるだろう。それもまた生れ落ちたときの約束事か。
霊感のある女性は因縁だといった。かずえは徳男の実母の死を思い出していた。その女性は「その因縁はなつみで断ち切らねばならない」という。なつみは混乱しており、理解できずにいる。解っていることは自分の父親がこの世から居なくなったということだけ。
女性は徳男の遺族との絶縁と、遺品として徳男が最後に使ったライターと財布を貰うように言った。
遺品に関してはめずらしく先方が素直に応じ、併せて古いアルバムを送ってよこした。そこには冴子が思いを寄せ始めた頃の徳男の姿があった。そしてかつてかずえの浴衣を着流したその姿もそこにあった。
二男が生まれたときにかずえが言った言葉が思い出された。
「この子は徳ちゃんにそっくりや・・・」