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医師転職サイトドクターズアヴェニューHOME > エッセイ > 〜春が来た〜
2008年04月15日
長い冬を乗り越えて、今年もやっぱり春が来た。
これって何が入ってるんだろうというほど殺風景だったテラコッタから、小さな芽が出たと思ったら、ポカポカ陽気に誘われて、あっという間に花が咲いた。
一年草よりも多年草が好きなのは、きっとこの至福の瞬間を味わいたいからかもしれない。
これまでの職務経歴に、約5年間の花屋勤務がある。最初の花屋さんで、弱った苗の治療?に始まり、土作りの大切さを教えていただいた。
主には鉢物や花束の販売だったが、月に1度程度の割合で寄せ植え教室を開いたりして、所謂、趣味と実益を兼ねた勤務だった。オーナーが仕入れてこられた苗の具合を視て、根の弱そうなものは「魔法の水」に漬けておく。苗の枯れた葉を掃除し、水をたっぷりとやり、切花の下処理をして、バケツに入れる。「魔法の水」に漬けた苗は一週間もすると、見違えたように元気を取り戻すのだった。
花達にはそれぞれお決まりの場所があり、たまに新顔が入ると「お立ち台」である。
店舗の3方がガラス戸になっていて、通行人からも中の花がよく見える。風の弱い日には入り口の引き戸を開け放ち、花達にも外の景色を見せてやる。
私がこの店に勤めたいと思った理由は、自分で寄せ植えを作り売り物として置いてもらえることが一番だったろうか。オーナーと呼んでねとおっしゃったご主人に、少し生真面目そうな奥さん。オーナーの本職は庭作り。よくテレビでやっているガーデニング王決定戦のような、そんな規模の仕事が本来だそうだ。それだけに土に関しては恐ろしく詳しい。
苗や木、野菜やハーブ、その他それぞれによって混ぜる土や配合比が違う。
それまでの私は花が好きだと言いながら、お店で売っている「プランターの土」みたいなものを使い、何の疑問も持たなかった。よくよく考えれば、土は花の命の土台、それに気づかされたとき、私ってつくづくいい加減なんだな・・・と恥ずかしかった。すぐさま家の花たちの土を替えてやり、花ガラの始末にも気を使うようになった。
私が本当に「花が好きだ〜」と堂々と言えるようになったのはその頃かもしれない。
町内で我が家の玄関先が一番華やかだった。お店に来られたお客さんから、○○町の××あたりに綺麗に花を咲かせている家があるよと耳にする。何処だろうと思っていると、仕事の休みの日、花の手入れをしているところにそのお客さんの姿が。「ここが○○さんの家やったの!」と例の××あたりの家が我が家だったと判明(笑)
冬の終わりになると近所の人が花と植木鉢を持って訪れる。ガレージを開放してみんなでワイワイ言いながら俄か寄せ植え教室の開催。春を迎える頃には近所中が花盛りになった。
お向かいの家は、本当は娘さん夫婦と一緒に住む約束で建てられた家だった。表札も連名で取り付けてあるけれど、何年経っても娘さん夫婦は引っ越しては来なかった。
玄関先に白いプランターが3つ、何も入らないまま置いてある。いや多分何か植えたに違いないけれど、跡形もなかった。
その家の奥さんは私の母より2歳年下だったので、私はその奥さんを「おかあさん」と呼んでいた。ご主人は勤めに出ておられ、おかあさんは飼い犬の「リトル」ちゃんとお留守番。私が今の家に引っ越して来た当時54〜55歳くらいだったろう。
リトルの散歩以外はほとんど外に出ず、近所付き合いも苦手。新興住宅地でまるで長屋か?と思わせるほど近所の連帯が強かったので、ほとんど顔を出さないこのおかあさんの陰口を叩く人も少なくは無かった。
○○さん、放っときよ!と言う近所の人の言葉も無視し、私は関わることは止めなかった。
「おかあさん、お花買ってこようか」「ほんま!嬉しい!」とニコニコ顔のおかあさんの家の玄関先の花係は、しばらく私が努めた。
花が咲いていればその花を見るために、おかあさんは玄関の外に出てくる。そうして人と自然に係わって暮らして行くことが、必要な夫婦だった。
けれど愛犬のリトルが死んで、おかあさんは篭もりっきりになった。時々出勤時にお会いするご主人に様子を伺うと、買い物も宅配で済ませ、洗濯物といっても夫婦のもの程度だからそうそう外には出ないので自然と足腰が弱り、家の中でも寝てばかりのことが多いとのことだった。玄関のプランターにも、もう何も咲かない。
それから何年経っただろうか。
我が家には今年もまたいろんな色の花たちが、賑やかに揺れている。近所も花盛り。
お向かいの家に、やっぱり娘さん夫婦の姿はない。
けれど今日、ご主人が玄関やガレージの掃除を始め、それからプランターの土をいじり、何かを植えておられる姿を見た。相変らずおかあさんの姿はないけれど、ご主人が春を迎え入れようとしている。
土は花の命です。家は私たちを育む土で、周りを取り巻くすべてのことが肥料となる。花の咲く場所、人の生きる場所、いろんな場所があって・・・それでもやっぱり根がしっかりしてさえいればどんな苦境も乗り越えて、きっと春がくるんだよと思っています。
「魔法の水」は我が家にもあり、それは花たち用、子ども達用と種類は違っていて、子どもごとに違っていて、使い方を間違えればそれは効力が発揮できない。
今、私の周りにはたくさんの「魔法の水」を掛けてあげたい人たちがいます。
「寒い冬はもうおしまい、春が来たよ」と伝えてあげたい。