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転職コンサルタント勝手にお語り集

第11回 漢方の医師との出会い

あくまで個人的な話に留まるのだが。
西洋医学であるとか、東洋医学であるとか、私はこだわりは持たない。
ただ、とある医師と雑談をしたときに、少し漢方にも興味を持つようになった。

以前、腎臓内科・透析治療で何十年と経験を積んできながら、院長職を投げ、新たな治療法を求めて中国へ渡った医師と会ったことがある。
その医師曰く、「今までに多くの透析患者さんを持ってきた。しかし、私は本当に回復することができる治療法を求めたかったのだ。従来の方法のままで結果を考えると虚無感に襲われることがあってね…」と。

私の浅学なものの見方を披見するのは恥ずかしいものなのだが、ツムラなど一般漢方薬を使用・処方することは多いことだろう。
その医師も、「本当の意味を知らないままに使っていたことがあったよ」と軽く微笑みながら話を聞かせてくれた。
症状に対して加療する、というのが西洋医学であるという。

しかしながら、その症状を現時点で仮に抑えるもしくは切除してしまうとしても、原因が何であり、その原因の解決に至らなければ再発もしくは進行していくものなのだ。
それが、その医師の渡航の決意に繋がった。

50代にして現地で中国語を学びながら、中医師の資格をとるということはかなりの苦難であったっという。

しかしながら、証を立て、その人の身体・心を観て、深淵にある病の根源を探り当てるという中医学を実地に学んでいく中で、その医師自身、「医師としてではなく、人間として、何かが変わっていったんだ」と、顔をほころばせながら話をしてくれた。

医療の話から逸れるのかも知れないが、人としての物の考え方・捉え方、というものなのだろう。
目の前にある事象に対して反応するのではなく、その事象の根源と対話しそれに対して反応する、ということが私なりに感じる東洋医学的な考え方なのだろうと思う。
症状を押さえ込んでしまうのではなく、そもそも原因である身体の何かに対し、環境を変えることで症状を和らげ、体質そのものを変えていくのである。
それ故、個人によって全く治療方針が違い、処方する薬の中身も配分も全く変わってくる。

こういった考え方というのは生活の中でも通用するものがあるだろうし、人と人が関わりあっていく中でも通用するものがあると思う。
混乱を極める海外情勢でも、押さえ込みが利かないのは、何らかの根源や背景を無視もしくは捉え違いをして、真実に矛盾した行為に対する反動ではなかろうか、と思ったりもする。
医師との対話の中で感じた、私の想いである。

「何か一方が正しいとか、間違っている、というようなことではありません。私自身、今まで培ってきた医学・医療を否定するわけではないのです。ただ、私は漢方の魅力を知り、漢方の医者になることを選んだ、ただそれだけのことなのです」
そう締めくくる医師の表情は穏やかで、目には希望の光が満ちていた。


 

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